生きることと死ぬことと、批判を止める「ちょうどよさ」という概念。
「ウサギはかわいい味がした」
ちはるさんがうさぎを食べて、ブログで「ウサギはかわいい味がした」と表現して炎上した昨年。
その後、本人に実際に話を聞いてみて、やっぱり、自分とは違うなぁと思ったこともたくさんある。
わたくしはわたくしで、以前、ひかれた猫を食べたときに、それはそれは炎上した。反省することは多々あり、悩み、そして自分にとって本質的なことは、さらに深まった。
こういったことを通して、考えが及ぶようになったのは、
屠殺を避けて、いのちを論じることができないのでは、ということ。
なぜなら、
おそらく自分のいのちというものは、他のいきものを屠殺して解体して、はじめて相対化されるから。
自分といういのちすら、瑣末なひとつの灯火に過ぎないことを、
他者のいのちを通して知るのだろう。
そして今、ちはるさんの話を聞いて、わたくしに共感できるところはできるし、響かないところは響かない。
そしてふと気付く。
久保さんも、ちはるさんも、わたくしも、みんなおんなじなのだ。
批判を止める「ちょうどよさ」という概念
久保さんは、長い狩猟生活の末に、自分のちょうどよさ、命とのちょうどよい向き合い方を見つけた。
それは一見、強烈に写るかもしれないけど、彼自身が編み出した最上のプロセスなのだろう。
ちはるさんは、システム化された暮らしを問うて、それから自分の手仕事に落とし込んだ。そのとき内から出てきた「かわいい味」という表現が、彼女にとってちょうどよかったのだ。
わたくしは、ひかれた生き物を拾ってきて、きれいに精肉して、毛皮を取って、おいしく調理できるとうれしい。
多少肉がくさくとも、いのちの循環の輪に自分が与(くみ)したことの実感に、喜びを感じる。
つまりはわたくしにとって、それがちょうど良いのだ。
今話題の、虫食の彼も、きっと、虫食がちょうど良いのだろう。
そして、さらに思惟は連なる。
ちょうどよさは、祝うことしかできない
もし、目の前のその人が、その人にとってのちょうどよさを見つけたとき、わたくしたちにできることは、祝うことだけなんじゃなかろうか?
「ぼくは、虫を食べるのがちょうどいいんだ」
ーー そう、それは良かった。世界にこんなにたくさんの物事があるなかで、自分にとってちょうどよいものを見つけられて良かったね!
というように。
自分のやり方と違うからといって相手を批判したくなったとき、
けれどそのやり方は相手にとっては、ちょうどよいのかもしれない。
そして、ちょうどよいことそれ自体は、批判ができない。
そのときに、その発見が仮に、反社会的だったり、誰かを傷つけるものであるならば、祝ったあとに、それから話合いができるはず。
今さら気付いたことだけど、批判する必要なんてもともとなかったのだ。
敬愛する阿蘇の吉田ケンゴさんは、今年に入ってから、しきりに自分がやることを、「これは共同作品だから」と言っていた。
他者のものも自分との共同作品と見なす心意気も、批判からは遠く、祝いの領域に近いものの気がする。
わたくしは、他者との流儀の違いを、倦(う)まずに祝えるようになりたい。
ウェブが、恵みの蓄積であるために
かたや、ネットの発言を見ていくと、なんと批判の多いこと。
誰々がこう言った、それは間違っている、無学だ、出直してこい、etc…
わたくしの愛する1万年前の技術には、批評や批判が伴って残ってはいない。
ただ、良い方法のみが引き継がれている。
なぜなら、ただの「良さ」の前に、批評は無力だからだ。
検索して知り得た知見で誰かを否定するような時代は、長くは続かないだろう、とわたくしは思う。
そこに意味がないからだ。
賢い人たちは、じきに、本質的な良さを求めるだろう。だからやがて、普遍的な技術が深い意義を持つ日が来るだろう。
いくらでも積み重ねることができ、そして次の未来の1万年へと続くことのできる「知見」という財産を、批判や批評で埋めていってもしょうがないのだから。
願わくば、すべての議論が、「普遍的な良さ」を産むためのプロセスでありますように。
つづく!
写真を使用させていただきました。
http://trendnewwave.com/2017/04/17/%E4%B9%85%E4%BF%9D%E4%BF%8A%E6%B2%BB%E3%83%92%E3%82%B0%E3%83%9E%E6%92%83%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%A8%98%E3%82%84%E7%8C%9F%E7%8A%AC%E3%83%95%E3%83%81%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E5%B9%B4%E5%8F%8E%E3%82%84/
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